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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)88号 判決

控訴人 坪井茂一

右訴訟代理人弁護士 松井一彦

同 落合光雄

同 片桐章典

同 中川徹也

被控訴人 矢島富士雄

右訴訟代理人弁護士 高橋融

右訴訟復代理人弁護士 今野久子

同 志村新

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金三六一万円及びこれに対する昭和四四年一〇月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一審、差戻前の第二審、上告審及び差戻後の第二審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨の判決

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

(控訴人の請求原因)

一  被控訴人は昭和四二年当時訴外株式会社富士建匠(以下「富士建匠」という。)の代表取締役であった。

二1  富士建匠は、横浜市保土ヶ谷区に株式会社マルタン文房具店の社宅二棟(以下「本件建物」という。)を建築する工事(以下「本件工事」という。)を、訴外津崎建設株式会社(以下「津崎建設」という。)から元請して、昭和四二年六月二日訴外玉工事株式会社(以下「玉工事」という。)にこれを代金三九六万円、前渡金八〇万円、中間金二〇万円、残金は本件建物完成の月の翌月払、納期同年七月一七日の約定で下請させた(以下「下請負契約」という。)。

2  控訴人は同年六月二日玉工事から本件工事を代金額、その支払方法、納期などは下請負契約と同一内容で再下請し(以下「再下請負契約」という。)、同月三日右工事に着手した。

2  被控訴人は、同年七月二〇日控訴人に対し、請負代金は玉工事を抜きにして富士建匠から直接支払うから本件工事を完成してほしい旨申し入れ、控訴人は左記の約定で本件工事を富士建匠から直接請負うことを承諾し(以下「本件請負契約」という。)、同日控訴人と被控訴人は富士建匠の顧問弁護士成毛由和の法律事務所においてその旨を記載した「工事代金支払に関する合意書」(以下「合意書」という。)を作成した。

(一) 請負工事代金は三九六万円とする。ただし、控訴人が玉工事から既に受領した本件工事代金三五万円を右代金の一部の弁済に充当する。

(二) 富士建匠は内金二〇万円を昭和四二年七月二一日に支払う。控訴人はこれをもって本件工事を完成し、本件建物二棟を富士建匠に引き渡す。

(三) 富士建匠は控訴人に対し残金三四一万円を同年八月一五日に支払う。

4  その後、同年七月二五日控訴人は富士建匠から本件工事の追加工事を代金二〇万円で請負った。

5  控訴人は、同年八月二三日右全工事を完成し、同月三一日本件建物二棟を富士建匠に引き渡した。

6  しかるに、富士建匠は控訴人に対し前記3(二)の二〇万円を支払ったのみで、その余の代金を支払わないまま同年一〇月二〇日倒産し、控訴人は未収代金三六一万円相当の損害を被った。

三  ところで、被控訴人は、富士建匠の代表取締役として工事請負代金の大半を支払う意思もないのに、控訴人を欺き、もっぱら本件工事を進捗させる目的で本件請負契約を締結させたものである。

すなわち

1 被控訴人は、前記二1及び2記載のとおり、昭和四二年六月二日まったく同一内容の請負契約が富士建匠と玉工事との間及び玉工事と控訴人との間で締結された際、「右期日(同年七月一七日)以降如何なる理由に基づいても引渡しを拒絶しません」との控訴人作成の念書を富士建匠宛に差し入れさせた。

2 控訴人は、玉工事が再下請負契約に違反して着工金として三五万円しか支払わないために、建築資金に窺していたところ、被控訴人は控訴人に対し、同年七月一三日、富士建匠振出の金額八〇万円の約束手形一通を富士建匠から玉工事、玉工事から控訴人という形で交付し、これを割引させることによって金員を貸し付けることとし、その条件として富士建匠の玉工事に対するこの貸金について控訴人が連帯保証することを要求した。控訴人がこれに応じて金額欄白地の連帯保証承認書及び公正証書作成嘱託に関する委任状に署名捺印し、印鑑証明書とともに被控訴人に交付したところ、被控訴人はこれを奇貨として右連帯保証承認書の金額欄に金三七〇万円、右委任状の金額欄には金三九〇万円をそれぞれ勝手に記入し、その金額について控訴人が玉工事のため富士建匠に対して連帯保証したかの如き外観を作出した。

3 さらに、控訴人は右金額八〇万円の約束手形の割引ができず、資金調達に苦慮していたところ、たまたまこれを施主マルタン文房具店が知り、施主から元請の津崎建設に連絡したことから、富士建匠が代金を受け取りながら下請負業者に支払わないことが判明し、津崎建設から被控訴人に対し抗議がなされるや、被控訴人は同年七月二〇日控訴人から右約束手形を返還させたうえ、控訴人との間で本件工事を富士建匠と控訴人との間の直接の契約とする本件請負契約を締結し、その旨の前記合意書を作成した。その際、被控訴人は、控訴人に対する代金支払拒絶の手段とする意図のもとに、ひそかに合意書の末項に「玉工事の富士建匠に対する債務金三七〇万円について控訴人が連帯債務を負っていることを確認する」旨の条項を挿入した。控訴人は無学で文字も十分解せず、また、当日は眼鏡も所持せず、かつ、書面が青焼きで複写した極めて読みづらいものであったこともあって右条項に気付かず、「請負代金は富士建匠が控訴人に対して間違いなく責任をもって支払う」との被控訴人の言葉を信用して、右合意書に署名指印した。

4 控訴人が本件工事完成後、富士建匠に対し工事残代金の支払を求めるや、被控訴人は、玉工事は富士建匠に対して三七〇万円の債務があり、控訴人は前記2、3のとおり右債務を連帯保証していると初めて指摘し、控訴人から本件建物の引渡を受けた後も右連帯保証の事実を口実に控訴人に対して工事残代金の支払を拒絶しつづけ、他方で富士建匠を倒産させ、控訴人の富士建匠に対する本件工事残代金及び追加工事代金合計三六一万円の回収を不能にさせ、もって、控訴人に右同額の損害を被らせた。

控訴人の右損害は被控訴人が悪意または重大な過失により富士建匠の取締役としての職務の執行を懈怠したことにより生じたものであるから、被控訴人は控訴人に対し、商法二六六条の三第一項により控訴人が被った右同額の損害を賠償する義務がある。

四  仮に、前項の主張が認められないとしても、富士建匠が昭和四二年一〇月二〇日に倒産したのは富士建匠の玉工事に対する放漫貸付によるものである。

すなわち、玉工事は昭和四二年五月二七日自己振出の小切手を決済することができず銀行取引停止処分を受けたものであるが、その後も玉工事代表者古村玉藏名義で銀行取引を継続し本件工事を控訴人に下請させその監督に当るなどして業務を行っていたものの、同年七月二〇日当時にはその経営状態は悪化し、下請に対する支払も満足にできない状態にあった。そして、同年七月二〇日には控訴人と富士建匠との前記の合意により玉工事は右工事から排除されて、遅くとも同年七月末までにその業務を停止し倒産したものである。仮に、玉工事が右の時期に倒産した事実がないとしても、同年九月五日右古村は玉工事のために振出していた約束手形及び小切手を決済することができず、玉工事もそのころ倒産した。

ところで、富士建匠の玉工事に対する貸金残高は昭和四二年七月一三日現在で二九二万七一一〇円、同年七月二〇日現在で四五八万二一一〇円に達していた。被控訴人は、富士建匠の代表取締役として、その専属的下請である玉工事の前記経営の内情を知悉していたのであるから、同年七月一三日当時、玉工事に対する富士建匠の前記貸金が返済不能となるおそれのあること及び右貸金が返済されなければ富士建匠の資産状態を極度に悪化させるに至ることについてはいずれもこれを予見し又は予見し得たものである(仮に、被控訴人が同年七月一三日当時右の事情を予見しえなかったとしても、玉工事がその営業を事実上停止した同年七月二〇日には、これを予見し又は予見しえたものである。)。したがって、被控訴人は玉工事に対する貸付についてはその金額を抑制し、かつ、債権保全策を講ずるべきであるのに、これを看過し、そのような保全策を講ずることなく、別紙貸付金等一覧表記載のとおり、同年七月一三日(又は同年七月二〇日)以降も漫然と玉工事に対する貸付を続け、或いは玉工事に代ってその債権者に対する立替払をしたものであり、その結果富士建匠の玉工事に対する債権額は同年一〇月二〇日現在で一三〇五万二五二一円に達し、その回収不能が原因で富士建匠は倒産したものである。

以上要するに、被控訴人は富士建匠の代表取締役として悪意又は重大な過失により富士建匠の玉工事に対する貸付等を漫然と継続したことにより富士建匠を倒産させたものであり、その結果富士建匠の控訴人に対する本件請負残代金及び追加工事代金債務合計三六一万円の弁済を不能にさせ、控訴人に右同額の損害を被らせたものであるから、被控訴人は控訴人に対し、商法二六六条の三第一項により、控訴人の被った右損害を賠償する義務がある。

五  よって、控訴人は被控訴人に対し、右損害金三六一万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である昭和四四年一〇月二四日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一の事実は認める。

二  請求原因二のうち、1の事実は認める。同2のうち、控訴人が玉工事から本件工事を再下請したことは認めるが、その余の事実は不知。同3の事実は認める。同4のうち、追加工事契約日が昭和四二年七月二五日であることは否認し、その余の事実は認める。追加工事契約は本件請負契約と同時に成立していたものである。同5のうち、本件工事完成日が同年八月二三日であることは否認し、その余の事実は認める。同6のうち、富士建匠が工事代金内金二〇万円を控訴人に支払ったこと、富士建匠が同年一〇月二〇日倒産したことは認めるが、その余の主張は争う。

三  請求原因三のうち、冒頭の事実は否認する。

1 同1のうち、控訴人がその主張の念書を富士建匠宛に差し入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同2のうち、玉工事が控訴人に対し本件工事代金のうち三五万円しか支払わないことは不知、被控訴人が昭和四二年七月一三日控訴人に対し金額八〇万円の約束手形一通を交付し、富士建匠の玉工事に対する貸金債権について控訴人に連帯保証してくれるよう要求したこと、控訴人が被控訴人に対し、右要求に応じて連帯保証承認書及び公正証書作成嘱託に関する委任状に署名捺印し、印鑑証明書も交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。前記連帯保証承認書の金額欄に金三七〇万円の数額を記入したのは控訴人である。

3 同3のうち、控訴人がその主張の約束手形を割引けず資金調達に苦慮していたことは不知、昭和四二年七月二〇日富士建匠代表者の被控訴人と控訴人との間で本件工事につき富士建匠と控訴人とを直接の契約当事者とする本件請負契約を締結し、その旨の合意書を作成したこと、右合意書の末項に控訴人主張の条項があることは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は右合意書に同条項が記載されていることを承知して合意書に署名指印した。

4 同4のうち、富士建匠の代表者被控訴人が、控訴人に対し同人が富士建匠に対する玉工事の借受金債務を連帯保証していることを理由に本件工事残代金の支払を拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被控訴人に控訴人に対する商法二六六条の三第一項による損害賠償義務がある旨の主張は争う。仮に、控訴人が富士建匠に対して本件工事代金債権を有するとしても、それが回収不能になったのは、控訴人が回収努力を怠ったからである。すなわち、富士建匠は不渡事故を生じたのちも、支払能力が皆無になった訳ではなく、その後も支払努力を続けて、ほとんどの債務を弁済して休眠状態に陥ったものである。

四  請求原因四のうち、玉工事が昭和四二年五月二七日自己振出小切手を不渡にした(右不渡事故は玉工事の偶発的な手続ミスで発生したものである。)が、その後も業務を続けたこと、同年九月五日玉工事が倒産したこと、富士建匠の玉工事に対する貸金残高が昭和四二年七月一三日現在で二九二万七一一〇円、同月二〇日現在で四五八万二一一〇円であること、富士建匠が玉工事に対して別紙貸付金等一覧表1ないし6、8ないし21、23、64ないし68、75ないし80、82ないし97、99、100、104ないし109、111、112記載のとおり金員を貸付けたこと(ただし、111の貸付日は同年八月一二日、112のそれは同年九月二五日である。)、富士建匠が玉工事のために、その支払日の点を除き、同表24ないし63記載のとおり玉工事の材料仕入先等に対する債務を立替えて弁済したこと(各弁済日は、24ないし37は同年八月三一日、38ないし49は同年九月六日、50は同月七日、51は同月八日、52は同月一〇日、53、54は同月一二日、55は同月一七日、56は同月一九日、57、58は同月二〇日、59は同月二九日、60、61は同月三〇日、62、63は同年一〇月一二日である。)、富士建匠が同年一〇月二〇日倒産したことは認めるが、その余は争う。

(被控訴人の主張)

一  控訴人は本件請負契約成立前の昭和四二年七月一三日、右契約とは関係なく、富士建匠との間で玉工事の富士建匠に対する借受金債務について次のとおり連帯保証契約を締結していたところ、同月二〇日本件請負契約締結に際し合意書第九項において右連帯保証の事実を確認したにすぎないから、右合意書第九項の記載は本件工事代金の支払を免れる意図に基づいてなされたものではないし、また本件請負契約も、その成立当時富士建匠の経営状態は健全であったから、支払意思及び能力なくしてこれを締結したものではない。

1 貸金債権の存在と本件連帯保証契約成立の経緯

(一) 富士建匠は、昭和四二年七月一三日玉工事から控訴人への用立分八〇万円を含め二五〇万円の融資を求められたが、すでに同日現在で合計二九二万七一一〇円の貸金が存在し、右融資額中本件工事代金の一部に見合う玉工事への融資分一七〇万円を差し引いてもなお三七〇万円余りの貸越となるので被控訴人は担保の提供を要求したところ、控訴人は玉工事の既存債務二九〇万円と右控訴人への用立分八〇万円合計三七〇万円の債務について連帯保証することを承諾し、同月一七日承認書を作成したうえ、公正証書作成嘱託のための印鑑証明書・委任状を成毛弁護士に届けた。

(二) そこで、富士建匠は、すでに工事前渡金又は立替金とは別に前記のように二九二万七一一〇円の貸金債権が存在していたが、更に玉工事に対し次のとおり合計二五七万円を弁済期を同年八月二〇日と定めて貸し付けた。

昭和四二年七月一五日

城南信用金庫当座 一一万五〇〇〇円

支払手形     二五万円

同月一七日

支払手形     二一〇万円

現金       一〇万五〇〇〇円

合計       二五七万円

2 合意書作成の目的と経緯

前記合意書作成の目的は、玉工事が本件工事の納期(昭和四二年七月一七日)に至るも予定の半分位しか工事を進捗させず、工事責任者の古村が行方をくらましたので、富士建匠は施主から再三抗議を受けたもののどうすることもできず、合意書に基づき直接控訴人に本件工事を請負わせることにしたものである。

なお、その第九項は成毛弁護士事務所の一員である伊礼勇吉弁護士が控訴人に対しその趣旨を説明し、同人も納得のうえで記載されたもので、しかも、右条項はすでに成立していた連帯保証契約の存在を確認したにすぎず、このとき改めて右契約が締結されたのではない。

3 富士建匠の本件請負契約成立当時の経営状態

富士建匠は、昭和四一年七月一日から同四二年六月三〇日までの事業年度の法人税の確定申告書の記載から明らかなように、本件請負契約を締結した当時、その経営状態は健全であって、到底倒産を予想させるものではなかった。

このことは、富士建匠の倒産前一年間の下請業者に対する代金支払方法が現金三八%、小切手三七%、手形二五%で、他の同業者に比し手形による支払が少なかったことや、更に昭和四二年七、八月にかけて合計五二〇万円の手形を決済していることからも明らかである。

4 富士建匠の倒産原因

富士建匠が倒産したのは控訴人の責めに帰すべき工事遅延により、その当時予定し約束されていた津崎建設からの新規発注を受けられなかったことにより工事量が減少したばかりか、引き渡したマルタン文房具店社宅工事代金の支払も受けられず資金の圧迫を受け、そのうえ、被控訴人はかねて血清肝炎のため肝機能障害を来たしていたが、昭和四二年頃は重篤で入退院を繰り返し、同年も六月頃までは入院しており、一時退院したが、夏にはまた入院し、八月末一時退院したものの秋には悪化し遂に手術のため入院せざるをえなかった。このように、被控訴人は当時病気であり、玉工事の倒産や手形横領に対しても健康時であれば資金手当等により乗り切れたかも知れないものであったが、病には勝てず、富士建匠の経営を継続することができなかったものである。

5 直接契約の解除

昭和四二年七月二三日、それまで行方をくらましていた玉工事の代表者古村が再度姿を現わしたが、同人は当時中野で喫茶店建築工事に従事していたものであり、そのことは控訴人も知っており、被控訴人の窮状を知りながら控訴人がこの事実を被控訴人に述べなかったことなどが明らかになるとともに、玉工事はみずからかけた迷惑については詫びながらも、控訴人及び被控訴人に対し、双方が直接本件請負契約をしたことについて抗議した。そこで、同日控訴人、被控訴人及び玉工事の三者間で話し合った結果、本件請負契約を合意解除し、本件工事についての契約関係をもとの状態に復することにした。そして、遅延等の問題はあったが、従前の形で工事を進行させることとなり、被控訴人は玉工事に対する支援を行った。

二  富士建匠は玉工事に対する工事発注による支払債務額(昭和四二年八月三一日本件工事完成時点で六八四万〇二〇六円)の範囲内で玉工事に対し貸付を行ってきたものであり、昭和四二年八月三一日現在における貸金残高は約四五〇万円であって、それまでの時点では債権と債務はほぼ均衡していた。しかも、富士建匠は玉工事の倒産の危険を察知した同年九月一日以降は玉工事に対する貸付を停止した。したがって、富士建匠の玉工事に対する貸付をもって放漫な貸付であると非難される理由はない。

もっとも、富士建匠は同年八月三一日以降玉工事のためにその下請・職方等に対する債務を立替弁済しているが、これは下請・職方等がその工事代金・貸金等の支払を受けられないときは施工済みの工事部分の引渡を拒み、又はそれを破壊して持ち去るといった紛争が起りがちであるので、そのような紛争を未然に防止して工事物件の円滑な引渡が受けられるようにするため、富士建匠自身の利益を守る見地からやむを得ず右立替払をしたものであり、また、それによって職方の富士建匠に対する信用を保持することは富士建匠にとって無形の利益となるものであって、更に玉工事の倒産に当って富士建匠の代表者の立場にあった被控訴人としては企業の社会的責任を果す見地から零細な職方等を救済するため、やむなく立替払をしたという一面もある。したがって、被控訴人の右立替払は富士建匠の利益を守り、かつ、社会的責任を果すものであったから、被控訴人に商法二六六条の三第一項の悪意又は重大な過失があったとは到底いえない。

(被控訴人の主張に対する答弁)

一 被控訴人の主張一のうち冒頭の事実は否認する。同1の(一)のうち、控訴人が被控訴人に対し、玉工事の債務三七〇万円について連帯保証した事実は否認し、(二)の事実は認めるが、ただし一一万五〇〇〇円の貸付日は昭和四二年七月二四日である。同2のうち、本件工事が納期に至るも予定の半分位しか進捗しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。本件工事が遅延したのは津崎建設が施工すべき土留め工事が遅延したことによるものである。同3の事実は不知、同4のうち被控訴人の病状は不知、その余の事実は否認する。同5の事実は否認する。

二 同二の事実は否認する。

(証拠関係)《省略》

理由

一  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因二のうち、1の事実は当事者間に争いがなく、2のうち、控訴人が玉工事から本件工事を再下請したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によればその余の事実を認めることができ、3の事実は当事者間に争いがなく、4のうち、控訴人が富士建匠から本件工事の追加工事を請負ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その請負った時期は昭和四二年七月二五日頃であったことが認められ《証拠判断省略》、5のうち控訴人が本件建物二棟を同年八月三一日富士建匠に対し引き渡したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人は同月二三日本件工事の全工事を完成していたことが認められ《証拠判断省略》、6のうち控訴人が富士建匠から前記3(二)の工事代金の内金二〇万円の支払を受けたこと、富士建匠が同年一〇月二〇日倒産したことは当事者間に争いがない。

三  被控訴人は、控訴人と富士建匠との間の本件請負契約は同年七月二三日控訴人、被控訴人及び玉工事の代表者古村玉藏の三者の間で合意解除された旨主張し、《証拠省略》における被控訴人本人はそれに副う供述をしているが、右各供述は《証拠省略》に対比してたやすく措信することができない。もっとも、《証拠省略》によれば、控訴人は昭和四二年八月三一日弟坪井源一を介して玉工事代表者古村と本件工事残代金の支払について折衝し、同人から同人振出の額面五〇万円の小切手一通の交付を受けていることは認められる。しかし、《証拠省略》によれば、控訴人は同月二五日頃、富士建匠から本件の処理の依頼を受けていた成毛由和弁護士の事務所で同弁護士に右残代金の支払を請求したところ、富士建匠が営業資金に窺していること、控訴人が玉工事の富士建匠に対する借受金債務を連帯保証をしていることを理由に残代金全額の支払は拒絶されたが、被控訴人において取り敢ず二〇〇万円を工面して支払うという約束ができたところ(但し、右約束はその後履行されなかった。)、同月三一日午前中になって控訴人に対し本件建物のうちの豊岡邸にマルタン文房具店社員豊岡安夫が同日入居するという連絡があり、続いて同日正午頃被控訴人から代金の支払の件は右古村に依頼しているから豊岡邸の鍵を持参して東京都練馬区桜台の訴外斉藤仁方に行くようにとの連絡があったので、控訴人は弟源一を右斉藤方に赴かせて右古村及び斉藤との間で残代金の支払について交渉させたこと、古村はその頃、右小切手の支払場所である永代信用金庫に個人名義の当座を開設し一〇万円を預金したが、右金員は富士建匠から借り受けたものであることが認められる。それゆえ控訴人が玉工事代表者から前記のように小切手の交付を受けた事実があったからといって、被控訴人主張の合意解除の事実を認めることはできず、ほかに右主張を肯認するに足りる的確な証拠はない。そうだとすると、富士建匠は控訴人に対し、本件請負契約に基づく本件工事残代金及び追加工事代金合計三六一万円を支払う義務があるところ、富士建匠は昭和四二年一〇月二〇日倒産したというのであるから、控訴人は右債権を回収することができず右同額の損害を被ったものというべきである。

四  そこで、請求原因三の事実について検討する。

1  同三のうち、1中控訴人がその主張の念書を富士建匠宛に差し入れたこと、2中、被控訴人が昭和四二年七月一三日控訴人に対し富士建匠振出の金額八〇万円の約束手形一通を交付し、富士建匠の玉工事に対する貸金債権について控訴人に連帯保証してくれるよう要求したこと、控訴人が被控訴人に対し、右要求に応じて連帯保証承認書及び公正証書作成嘱託に関する委任状に署名捺印し、印鑑証明書とともに交付したこと、3中同月二〇日富士建匠代表者の被控訴人と控訴人との間で本件請負契約が成立し、その旨を記載した合意書が作成され、その第九項に「玉工事の富士建匠に対する債務金三七〇万円について控訴人が連帯債務を負っていることを確認する」旨の条項の記載があること、4中富士建匠が控訴人から本件建物の引渡を受けた後も、控訴人に対して同人が富士建匠に対する玉工事の借受金債務を連帯保証していることを理由に本件工事残代金の支払を拒絶したことは当事者間に争いがなく、また、富士建匠と玉工事との間の下請負契約と玉工事と控訴人との間の再下請負契約とは、代金額、その支払方法、納期などは同一内容であったことは前認定のとおりである。

2  右事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  玉工事は富士建匠の専属的な下請建築業者であり、他の注文者からの工事はほとんど請負っていなかったが、昭和四二年七月一三日当時、富士建匠から本件工事、マルタン文房具店の店舗、田中邸、バー「小彼乃」、被控訴人宅の各建築工事などを請負って施工していたが、富士建匠に対して、前渡金、中間金受取分等を除いて、借受金債務が二九二万七一一〇円あった。

(二)  控訴人は、玉工事から本件工事について前渡金を三五万円しか受け取っていないことから、工事施工の資金に窺し、昭和四二年七月一三日御殿場の旅館で古村とともに被控訴人に会って、代金の支払方を懇請したところ、被控訴人は控訴人に対し富士建匠振出の金額八〇万円の約束手形一通を交付する代りに、右手形は富士建匠の玉工事に対する貸金とし、それと合わせて同日現在の玉工事の富士建匠に対する前記の借受金債務を控訴人が連帯保証するよう要求し、控訴人はやむなく右要求に応ずることとした。

(三)  そして、同月一七日国鉄東海道線御殿場駅前の喫茶店において、控訴人は古村が「玉工事が貴殿より借用する金員に対し小生が連帯保証人となる事を承認します。借入金額三七〇万円也」旨記載した同日付富士建匠宛の「承認書」と題する書面に署名押印し、貸借金額欄白地の公正証書作成嘱託に関する委任状にも署名押印し、これらの書面とともに自己の印鑑証明書を古村に交付し、そのころ同人は被控訴人にこれら書面全部を交付した。

(四)  本件建物のうち山本邸は同年七月中旬頃完成したが、豊岡邸は同月一七日の納期に至っても工事が半分位しか進捗しておらず、被控訴人は施主のマルタン文房具店及び元請の津崎建設からその進捗方を催促され、他方控訴人は被控訴人から交付を受けた前記金額八〇万円の約束手形の割引ができず困却していたところ、双方は同月二〇日、本件工事を富士建匠と控訴人との間の直接の請負工事とし、被控訴人は前記手形の返還を受けた。そして本件工事代金の内金二〇万円を翌二一日控訴人に支払う旨の条項を含む右請負契約についての合意書が同日夕刻前記成毛弁護士の事務所において、弁護士成毛由和及び同伊礼勇吉立会のもとに富士建匠と控訴人との間で作成され、その際第九項に「玉工事の富士建匠に対する債務金三七〇万円について控訴人が連帯債務を負っていることを確認する」旨の条項が記載されたが、右合意書を起案した伊礼弁護士は控訴人に対し、その趣旨を説明し、また、合意書の全文を読み聞かせてよく考えて署名するよう注意を促し、被控訴人は控訴人に「富士建匠から玉工事に発注している工事の代金額は、本件工事代金額を除いても、現在のところ玉工事に対する貸付金額よりは約一八万円多いから心配ない。」旨申し向け、控訴人はこれを納得して右合意書の末尾に署名指印した。

(五)  ところで、富士建匠は前記八〇万円の手形を含めて同年七月中旬頃玉工事に対し二五七万円を貸し付けており、右手形金額八〇万円を控除すると同月二〇日当時の貸金残高は四六九万余円となる。他方、同月三一日現在において富士建匠と玉工事とは、その間の請負関係に基づいて、マルタン文房具店店舗につき五万〇二〇六円、田中邸につき四一万円、バー「小彼乃」につき九七万円、被控訴人宅につき三〇五万円合計四四八万余円の各建築工事残代金債務を富士建匠が玉工事に負担するものであることを確認して、富士建匠の玉工事に対する貸金債権と相殺する旨合意しているが、そのほか同年七月二〇日当時玉工事はほかに富士建匠から請負った二、三の小規模な建築工事を施工中であった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  以上の事実に徴すると、被控訴人が富士建匠の代表取締役として控訴人と本件請負契約を締結したのは、納期に遅れていた本件工事を進捗させる意図によるものと認めることができ、また、前記合意書第九項において、控訴人が玉工事の富士建匠に対する借受金債務金三七〇万円について連帯債務を負っていることを確認した趣旨は、これより先の同年七月一三日控訴人が玉工事の富士建匠に対する同日現在の既存債務二九二万余円及び新たに富士建匠が振出す金額八〇万円の約束手形一通を玉工事への貸金とする右同額の債務八〇万円合計三七二万余円の金銭債務について、富士建匠に対し連帯保証することを約束した事実を改めて確認したにすぎないものであり、かつ、右連帯保証を被控訴人が控訴人に要求したことも富士建匠と玉工事との当時の取引状況及び本件工事進捗の必要からみて一応相当の理由があると認められる。そして、右合意書作成に際して、被控訴人が控訴人に対し申し向けた「玉工事に発注している工事の代金額は、本件工事代金額を除いても、現在のところ貸付金額よりは約一八万円多いから心配ない。」旨の言辞も、当時の両者の間の客観的な取引状況と大きく齟齬するとは認められないから、必ずしも、右言辞をもって被控訴人に対して虚偽の事実を申し向け詐術を弄したと非難するわけにはいかない。もっとも、前記の約束手形は同月二〇日、右合意書を作成するより前に被控訴人に返還されており、かつ、その第九項の前記の趣旨からいって、控訴人の連帯保証すべき債務額は二九二万余円にとどまるから、合意書第九項にそれを三七〇万円と記載したのは不当の謗りを免れず、本件建物引渡後、被控訴人が控訴人に対し、本件工事残代金及び追加工事代金合計三六一万円全額の支払を拒絶したのは明らかに不当な措置というべきである。しかしながら、右合意書第九項について控訴人は熟慮しながらもなんらの異議も申し述べずに合意書末尾に署名指印しており、かつ、右合意書は弁護士が起案し立会って作成したものであることを考慮すると、被控訴人は、富士建匠の代表取締役として本件工事代金の大半を支払う意思もないのに、控訴人を欺き、もっぱら本件工事を進捗させる目的で同人に本件請負契約を締結させたものとまでは認めることはできない。

したがって、右の点について被控訴人が富士建匠の職務を懈怠し、かつこれにつき悪意又は重大な過失があったとは認められないから、請求原因三の控訴人の主張はこれを肯認することができない。

五  次に、請求原因四の事実について検討する。

1  玉工事が昭和四二年五月二七日その振出にかかる小切手を不渡にしたが、その後も業務を続けたこと、玉工事が同年九月五日倒産したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和四二年当時、玉工事は訴外谷口時雄を名目的な代表取締役に選任し、古村玉藏と佐川鶴二が取締役に就任しているほかに一名の従業員を雇用している小規模な建築請負業者であって、営業関係はもっぱら古村が担当していたことが認められ、前認定のとおり、富士建匠の専属的な下請をし、他の注文者からの工事はほとんど請負っておらず、同年七月二〇日当時、富士建匠からマルタン文房具店の店舗、田中邸、バー「小彼乃」、被控訴人宅ほか小規模な工事二、三を請負っていたが、同年八月三一日現在で双方は前記マルタン文房具店店舗ないし被控訴人宅の建築工事について富士建匠の負担する残代金債務が合計四四八万余円であることを確認している。そして、右各工事について同年七月二〇日から同年八月三一日までの間に右代金債務額に変動があったことを認めるに足りる証拠はないから、同年七月二〇日当時の右各工事代金債務も右同額であったと認められる。なお、《証拠省略》によれば、玉工事が同日当時施工していたほかの前記の小規模な建築工事代金は合計で三〇万円余りであったことが認められる。

2  《証拠省略》によれば、同年七月中旬、前記被控訴人宅の建築工事に従事していた大工鈴木金蔵が古村から交付を受けた金額五万円の先日付小切手は不渡りになり、また、《証拠省略》によれば、前記三に認定の同年八月三一日控訴人が弟源一を介して古村から交付を受けた同人振出の支払場所を永代信用金庫とする金額五〇万円の小切手も同年九月初め不渡りになり玉工事は倒産したことが認められ、また、右小切手交付の際古村が同金庫に当座開設のための資金一〇万円を富士建匠から借り受けたことは前認定のとおりである。そして、《証拠省略》によれば、玉工事は自己資金はほとんどなく、同会社請負の建築工事に従事する大工・職方の報酬その他の支払に充てる営業資金は富士建匠から借り受けるなどしてまかなっていたことが認められ、しかも、別紙貸付金等一覧表記載番号24ないし63の立替金合計三七〇万二一七〇円も玉工事に代って富士建匠が各材料仕入先等に支払ったことは当事者間に争いがない(なお、その各支払日は《証拠省略》によれば、被控訴人が請求原因に対する答弁四において主張する日であることが認められる。)。

3  右事実に徴すると、玉工事は同年九月初め倒産したものではあるが、同年七月二〇日当時において玉工事の富士建匠に対する前記各請負工事残代金債権額四七八万余円を超えて、富士建匠が玉工事に金員を貸し付ければ、右超過額は玉工事から返済を受けられなくなるおそれが多分にあったと認められ、前記のような両者の緊密な取引関係からみて右事情は被控訴人において十分予見しえたものと推認するに難くない。富士建匠が玉工事に対し同年七月二〇日当時四五八万二一一〇円の貸金残高を有していたところ、同月二一日から同年八月三一日までに更に六六三万〇三九四円を貸し付けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その間の返済額は四八七万五八〇〇円であることが認められる(なお前記一覧表記載111、112番の貸付金は《証拠省略》によれば控訴人主張のとおり同年一〇月一二日貸付と認められる。)。そうだとすると同年七月二一日から同年八月三一日までは富士建匠側の一七五万四五九四円の貸付超過となっており、立替金及び工事代金減額分を除いても、同日現在の貸金残高は六三三万六七〇四円となり、右金額は前記工事残代金債権額四七八万余円を約一五五万円超過していることとなる。

4  他方、富士建匠の経営状況をみるに、《証拠省略》によれば、富士建匠はその代表取締役である被控訴人が事実上その経営を取りしきっていたものであるところ、マルタン文房具店の滝沢邸の建築工事などを請負わせた建築業者桑原芳雄に対し昭和四二年六月から同年八月にかけて振り出した合計金額一七〇万円の約束手形六通を不渡にしている分を含めて昭和四九年一〇月二六日現在で同人に対し六八三万余円の工事代金未払債務があり、また、昭和四二年六月初め控訴人が玉工事から本件工事を再下請するについて前渡金の一部として交付を受けた富士建匠振出の金額五〇万円の約束手形一通も同年一〇月二〇日の満期に不渡になったことが認められ、また、《証拠省略》を総合すれば、富士建匠の玉工事に対する同年七月二一日から同年八月三一日までの前記貸金は、多くは富士建匠振出の約束手形を玉工事に対し交付し、玉工事がそれを他で割引いて現金を入手したり、その手形を他の債権者に弁済のために交付したりする方法によったものであり、その間の玉工事からの右貸金の返済も同年七月二四日の三〇万円、同月二九日の三七万五八〇〇円を除いては、玉工事が既に交付を受けていた約束手形を富士建匠に返還する方法によったものであるうえ、前記の立替金の大半も富士建匠がその振出にかかる約束手形を玉工事の材料等の仕入先に交付する方法によったことが認められるから、同年七月二一日から同年八月三一日までにかけての間富士建匠には営業資金の余裕がなかったことが明らかである。

5  以上の認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定によれば、被控訴人は、昭和四二年七月二一日から同年八月三一日までにかけて富士建匠の玉工事に対する建築工事残代金債務四七八万余円を超えて富士建匠が玉工事に対して金員を貸し付ければ、その超過額は返済不能になるおそれがあることを十分予見しえたのにもかかわらず、右同額の限度を約一五五万円を超える貸付を、玉工事に富士建匠振出の約束手形を交付するなどの方法によって行い、さらにそれ以後も約束手形振出などの方法によって玉工事の債務の立替払いを続けた結果、右超過貸付分並びに立替金の返済を受けることができなかったうえ富士建匠も営業資金の余裕がなかったことから同年一〇月二〇日倒産のやむなきにいたったものということができる。なお、被控訴人本人は原審において、富士建匠は本件工事完成後マルタン文房具店から代金約二〇〇〇万円のビル建設工事を請負う予定であったが、本件工事が遅延したために右ビル建設工事を請負うことができなくなったのが富士建匠の倒産の主たる原因である旨供述するが、右供述によっても富士建匠が右ビル建設工事を請負うことが確定的であったとは認めがたく、ほかに富士建匠が右ビル建設工事を請負うことが確定的であり、右請負が実現しなかったことが富士建匠の倒産の原因となったことを認めるに足りる証拠はない。

そうだとすれば、富士建匠の代表取締役である被控訴人には、富士建匠の経営状態が不良であり、前記建築請負代金債務額の限度を超えて玉工事に対し、金員の貸付け及び玉工事のため立替払いを続ければ富士建匠自身が倒産にいたるおそれがあることを十分認識しながらあえて右貸付及び立替払いをした点において富士建匠の取締役としての職務を懈怠し、かつこれにつき悪意または少なくとも重大な過失があったと認められるから、被控訴人は控訴人に対し同人が被った損害額三六一万円を賠償すべき義務があるといわなければならない。なお、被控訴人は、本件工事残代金が回収不能になったのは控訴人がみずからその回収努力を怠ったからであると主張するが、前記のとおり、富士建匠の代表者たる被控訴人が控訴人において玉工事の富士建匠に対する借受金債務を連帯保証していることを理由に、控訴人に対し本件工事完成後右工事残代金及び追加工事代金の支払を拒絶したことは当事者間に争いがないうえ、《証拠省略》によれば、富士建匠は昭和四二年九月二三日、前記四2(三)の控訴人が署名押印した金額欄白地の公正証書作成嘱託に関する委任状を利用して、控訴人が玉工事の富士建匠に対する借受金債務三九〇万円を連帯保証する旨の公正証書を作成嘱託していることが認められることからすると、被控訴人が富士建匠の代表取締役として控訴人に対し本件工事代金の支払いをなす意思のなかったことが明らかであるから、被控訴人の右主張は到底採用することができない。

六  よって、控訴人の被控訴人に対し、損害賠償金三六一万円及びこれに対する記録上明らかな訴状送達日の翌日である昭和四四年一〇月二四日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由があるというべきであり、これと異なる原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人に対し前記の金員の支払を命ずることとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 片岡安夫 小林克巳)

〈以下省略〉

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